作家略歴〜プロフィール〜



狩野英子「別府湾の朝」ほか
×a(アルチュール).ランボオ「ランボオ詩集」
世界美術×文学全集 



21世紀を生きる現代アーティストが近代の文豪と出逢うとき、
われわれの想像を超えたまったく新しい扉が拓く!
「世界美術×文学全集」
藝術出版社

狩野英子出版記念展及びサイン会
多くの方に御高覧いただき無事に終えることができました
ありがとうございました。

平成25年2月6日(水)~2月11日(月)
Cafe&Gallery Piano


 
 
 
 
 
 


「別府湾の朝」


「別府湾の朝」は、東洋一とも謳われる別府湾から望見される日の出を、持てる技量の全てを投入して描き切った力作。
陽光が左右へと拡がりゆく風光の美は、この作家でなければ描き得ない至高の達成だ。


文/クリスティーヌ・モノー


大分県中部に位置する、国東半島と佐賀関半島に挟まれた湾である。瀬戸内海の一部であり、東に向かって開き、伊予灘に面する[1]。湾の南側を画す佐賀関半島の先、四国の佐田岬との間は狭隘な豊予海峡になっている。面積475km²、平均水深36m、高崎山沖に最深位置があり水深約70m。中央構造線のすぐ北に位置し、鶴見岳・伽藍岳の火山が連なる湾の最奥部沿岸には、温泉湧出量日本一を誇る別府市の別府温泉(別府八湯)が広がる。





本の内容


鮮烈な色彩とダイナミックな世界観で観る者を魅了する画家・狩野英子と、いまだ世界中のオマージュを集める“早熟の天才”詩人・ランボオによる、壮大なスケール感をメタファとしたコラボレーション。孤独な魂をうたう詩人・中原中也の美しい翻訳による「ランボオ詩集」に、狩野芸術の粋「別府湾の朝」を代表とする作品たちが、夢の舞台を作り上げる。


目次


別府湾の朝ほか(絵画作品)(由布岳の春愛慕 向日葵咲く 赤川の滝 秋の音陽光の日田杉 ほか)
ランボオ詩集(初期詩編 飾画篇 追加篇 附録)



著者/訳者            狩野英子/絵画 アルチュール・ランボオ/詩 中原中也/訳


出版社名             ㈱藝術出版社


発売元             ㈱星雲社 


発行年月日           2012年12月25日


サイズ             184P 21cm


販売価格             2100円(税込)


発売日             2013年 1月 9日 
                           全国の書店にて発売
                           インターネット(Amazon、HMV、7ネット、e.t.c・・・)   


狩野英子


油彩画家

”天から与えられた画才を自在に駆使する大器”



大芸術家の生誕には、明らかに天命というものがある。時代背景や国家の盛衰など、様々な外的要因を全てプラスのエネルギーに置換する、天から 定められた才能、己れの表現衝動を人類へ奉仕する運命。日本の女流画家の中でも傑出した経歴を誇る 作家は、正にこうした星の下に生まれ、その麗筆で世界中の人々を魅了し続けてきた。作家は10代で大塚辰夫(朝倉文夫実弟)に師事し、20代でパリでの絵画研修を果たす。勿論、絵画ばかりではなく、芸道万般において作家の教養は深い。(クリスティーヌ・モノー)


ジャン・ニコラ・アルチュール・ランボオ(Jean Nicolas Arthur Rimbaud)


19世紀のフランスの詩人。ランボオとも。主な作品に散文詩集『地獄の季節』、『イリュミナシオン』など。



1854年、フランス北東部アルデンヌ県シャルルヴィルに陸軍軍人の父と小さな農地主の長女の母の次男として生まれる。70年より家出を繰り返し、71年にはパリへ出て詩人ヴェルレーヌに出会う。ヴェルレーヌは妻子を捨て、ともにブリュッセル、ロンドンなどを放浪。73年、ヴェルレーヌが拳銃でランボオの左手首を撃ち逮捕される。この別離後『地獄の季節』を記す。75年、最後の詩を記すと以後は兵士、翻訳家など様々な職業を転々、ハラール(エチオピア)で商人となる。91年、骨肉腫の悪化でマルセイユへ帰り右足を切断したが、癌は全身に転移しており死去。 「早熟の天才」としばしば評される。『地獄の季節』、『イリュミナシオン』でその才能を見せた。マラルメはボードレールから始まる象徴詩の系譜に属しながらも、そこに止まらない、という意味で「おそるべき通行人」と彼を評している。若いうち(20歳代前半)に詩作を放棄したが、ダダイスト、シュルレアリストら、20世紀の詩人たちに影響を与えた。ピカソによるランボー像が有名。ゴダールの「気違いピエロ」(1965) のエンディングは『地獄の季節』に収められた韻文詩「永遠」の朗読で終わっている。また、ジル・ドゥルーズは1980年代後半になって「カント哲学を要約しうる4つの詩的表現」(『批評と臨床』収録)において、ランボオの1871年のいわゆる「見者の手紙」の中の「私は他者である」「詩人は長期間の、破壊的で計算された錯乱によって見者(ヴォワイヤン)になる」という言葉などをとりあげ、カントの可能性の中心を担う「調和し得ない緒力の束」を体現するものとして、ランボーを挙げている。日本では中原中也に影響を与え、小林秀雄、金子光晴らも翻訳。1995年には映画「太陽と月に背いて」でレオナルド・ディカプリオがランボウを演じるなど、現在でも世界中でランボオへのオマージュは続いている。